風の便り ( お侍 拍手お礼の七十 )
 



昨夜は時折強い降りようとなり、
窓へ直接当たる雨脚が
ざざざあと堅い音を立てるのが、
まるで荒れた海の上にでもいるような錯覚を寄越したほどで。

今も、強い風になぶられて、
まだまだ夏緑の梢が大きく揺さぶられるごとに、
ざざんざんと細波のような音を立てる。
遠くに時折聞こえるのは、
不意な風の訪のいに、やはり驚かされて逃げ惑うのか、
どこかへ飛び立つ鳥の声と羽ばたきの気配。

 ……。

ふと、
風の音とも鳥の声とも違う、何か聞こえたような気がして。

  『…七郎次。』

身のうちへと引き出されたのは、
懐へと掻い込んだ自分へと呼びかける、
少し枯れたような、だが響きのいい御主の声。
耳からでなく頬を伏せた格好のシャツ越しにも、
直に声で触れてくださったように聞こえたなと。
声だけでなく、精悍な匂いや温み、
雄々しくも堅かった胸板の頼もしさをも思い出してしまい。

 ……。

知らず、手指を固く握り込んでいた。

 ああ、こんなに気の弱いことでどうするか。

窓から見上げた鈍色の空へ、
ふと眉を寄せ、祈るように呟いた。

 ……きっと無事に、お戻りくださいませ。






ふと、
風の音とも鳥の声とも違う、何か聞こえたような気がして。
ハッと顔を上げれば、
視野の先には仄かに甘い香りのする白い花が咲いていて。
周りの緑にいや映える、
目映い練り絹のような瑞々しさで揺れている。

  『……勘兵衛様?』

それへ添うように胸中へと浮かんだは、
呼びましたかと聞き返すように自分の名を紡ぐ甘やかな声やら、
口許へ白い指先を添え、
懸命に不安を隠そうとするぎこちない笑みやら、
懐かしい存在の姿や温度のあれこれで。

 走馬灯にはまだ早いわな。

普段は強い意思に引き締められている口許が、
ほのかな苦笑に知らずほころんで、
だが、すぐさま、脾腹に走った鈍い痛みに襲われ、
同じ口許が笑みごと引きつった。

 ……。

舌打ちしつつも ちらりと、目線だけで見上げた空の青に、
誓うように呟く。

 ……必ず、生きて帰る。






   〜Fine〜  2012.09.18.


  *夜中、物凄い雨脚に叩き起こされて、
   つい走り書き。

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